こんにちは。人物の「これ本当?」を、本人・学校・競技団体などの元情報まで戻って確認している、eLifemix管理人のBananaです。
フィギュアスケートの青木祐奈(あおき・ゆな)選手について、「出身高校はどこ?」「大学は日本大学なの?」「大学で何を勉強していたの?」「中学校は富岡中学校という情報があるけど本当?」と気になった方もいるのではないでしょうか。
先に結論をお伝えすると、青木選手の出身高校は横浜清風高等学校、出身大学は日本大学スポーツ科学部です。
2017年に横浜清風高校へ入学し、2020年に卒業。その後、日本大学スポーツ科学部へ進学し、2024年3月に卒業しています。
高校と大学については、それぞれの学校が公式サイトで公表しているため確認できます。
一方、小学校や中学校の名前は、今回確認した学校公式資料や本人インタビューでは特定できませんでした。
私が今回調べていて迷ったのは、中学校の校名を掲載したサイトがある一方、その情報の根拠が明確ではなかったことです。
また、大学時代の練習環境についても、2021年にMFアカデミーへ移籍したという説明と、2022年春に移籍したという記録がありました。
そこで横浜清風高校、日本大学、日本スケート連盟、当時の本人取材を照合しました。
その結果、2021年12月の全日本選手権が練習環境を見直す転機となり、実際にMFアカデミーへ移ったのは2022年春だったことも確認できました。
さらに学生時代を調べると、高校時代のインターハイ入賞、大学で学んだスポーツ心理学やスポーツ医学、卒業研究、大学4年生でのインカレ初優勝など、学校名だけでは分からない経験も見えてきました。
この記事では、青木選手の学歴を小学校・中学校・高校・大学の順に確認しながら、学生時代の競技経験や大学での学び、卒業後の母校とのつながりまで整理します。
※見出し画像は記事内容をわかりやすく伝えるためのイメージ画像です。実在する青木祐奈選手本人の写真ではありません。
先に結論|青木祐奈の学歴まとめ
青木祐奈選手は横浜清風高等学校を2020年に卒業し、2024年3月に日本大学スポーツ科学部を卒業しています。
小学校と中学校については、今回確認した公式資料では校名を特定できませんでした。
| 学校 | 確認した学歴 | 情報の根拠 |
|---|---|---|
| 小学校 | 校名は未確認 | 公式資料で確認できず |
| 中学校 | 校名は未確認 | 一部に推測情報あり |
| 高校 | 横浜清風高等学校 | 高校公式サイト |
| 大学 | 日本大学スポーツ科学部 | 日本大学公式サイト |
高校・大学時代の主な出来事は次のとおりです。
- 2017年:横浜清風高等学校に入学
- 2018年:インターハイ4位
- 2019年:インターハイ5位、ババリアンオープン2位
- 2019年夏:高校3年時に左足首を骨折
- 2020年:横浜清風高等学校を卒業
- 2020年4月:日本大学スポーツ科学部へ入学
- 2021年12月:全日本選手権をきっかけに練習環境の変更を検討
- 2022年春:MFアカデミーへ移籍
- 2024年1月:大学最後のインカレで個人初優勝
- 2024年3月:日本大学スポーツ科学部を卒業
特に確認しておきたいのは、2021年の環境変更の決断と、2022年春の実際の移籍は別の出来事だという点です。
今回は、日本大学の本人インタビューとフィギュアスケート専門媒体の取材を照合して整理しました。
青木祐奈の高校は横浜清風高校
青木選手の出身高校は、神奈川県横浜市保土ケ谷区にある横浜清風高等学校です。
横浜清風高校は、2026年1月13日に公開した公式ニュースで、青木選手が2020年に卒業したことを紹介しています。
同じ記事には、2017年に入学したことや、フィギュアスケート部に所属していたことも掲載されています。
そのため、横浜清風高校出身という情報は、ネット上の推測ではなく学校公式資料で確認できる学歴です。
2017年入学・2020年卒業を公式確認
| 項目 | 確認結果 |
|---|---|
| 高校名 | 横浜清風高等学校 |
| 所在地 | 神奈川県横浜市保土ケ谷区 |
| 入学年 | 2017年 |
| 卒業年 | 2020年 |
| 在学中の部活動 | フィギュアスケート部 |
| 主な実績 | インターハイ4位・5位 |
私が今回、高校の公式ニュースを確認してよかったと感じたのは、卒業校の名前だけでなく、入学年や部活動、競技成績まで掲載されていたことです。
学歴サイトには学校名だけが書かれている場合もありますが、横浜清風高校の公式資料を見れば、青木選手の在学時期まで確認できます。
ただし、在籍していたコースや入試方式、学校での成績までは、今回の公式資料で確認できませんでした。
そのため、特進コースだったのか、どのような入試で入学したのかといった情報は推測しません。
インターハイ4位・5位の実績
横浜清風高校の公式ニュースでは、青木選手の高校時代の競技成績も紹介されています。
- 2018年:インターハイ4位
- 2019年:インターハイ5位
- 2019年:ババリアンオープンでシニアデビュー、2位
高校時代には国内の学生大会だけでなく、海外の競技会にも出場していました。
この成績を確認するときに注意したいのは、インターハイとババリアンオープンは別の大会だという点です。
2019年の2位はババリアンオープンの結果であり、インターハイの順位ではありません。
大会名を省略すると誤解につながるため、今回は公式ニュースの記載に沿って整理しました。
なお、高校入学前の2014年には全日本ノービス選手権で優勝した記録もあります。
青木選手は高校でスケートを始めたのではなく、幼いころから競技経験を積み重ねていた選手です。
高校生活はスケートの気分転換になった
高校時代について調べていて、私が特に印象に残ったのは、2025年7月に公開されたスポーツナビの本人インタビューでした。
青木選手は、高校生活がスケートから気持ちを切り替える時間になっていたことを語っています。
競技で調子が悪いときでも、学校へ行けばスケートのことを一度忘れられたそうです。
学校では競技とは異なる友人関係や日常があり、その時間が気分転換になっていました。
私は最初、ジュニア時代から国内外で活躍していた選手なので、高校生活もほとんどスケート中心だったのではないかと思いました。
しかし、本人の説明を読むと、学校に通うこと自体にも大切な意味があったと分かります。
スケートの調子が悪い日にも、学校では別の経験ができる。
そうした環境が、青木選手にとって気持ちを切り替える場所になっていたようです。
高校時代の価値は大会の順位だけでは測れないのだと感じました。
本人取材:スポーツナビ|青木祐奈が振り返る高校生活
高校3年の夏には左足首を骨折
一方、高校時代には大きなけがも経験しています。
日本大学の公式インタビューによると、青木選手は高校3年生の夏に左足首を骨折しました。
その影響で、2019-20シーズンは競技を休むことになっています。
本人は、けがをした直後はショックが大きかったものの、入院中に次のシーズンへ向けて気持ちを切り替えたと説明しています。
ただし、骨折したことと、治療の詳しい内容がすべて公表されていることは別です。
この記事では、日本大学の公式取材で本人が語った範囲を中心に紹介しています。
この出来事は、大学進学について考える時期とも重なっていました。
そこで次に、青木選手がなぜ日本大学のスポーツ科学部を選んだのかを確認します。
青木祐奈の大学は日本大学スポーツ科学部
青木選手の出身大学は日本大学です。
2020年4月にスポーツ科学部へ入学し、2024年3月に卒業しています。
日本大学の公式サイトには、大学での学びやスケート部での活動を振り返る本人インタビューが掲載されています。
2020年4月入学・2024年3月卒業
| 項目 | 公式情報 |
|---|---|
| 大学名 | 日本大学 |
| 学部 | スポーツ科学部 |
| 入学 | 2020年4月 |
| 卒業 | 2024年3月 |
| 所属 | 日本大学スケート部 |
| 主な学生大会成績 | 2024年インカレ女子7・8級個人優勝 |
日本大学の公式インタビューは2024年4月11日に公開され、青木選手が同年3月にスポーツ科学部を卒業したことが紹介されています。
大学自身が公開している情報なので、学部や卒業年については確認済みとして扱えます。
ただし、今回の公式記事からは、入試方式や大学時代の成績評価などは分かりません。
スポーツ選手だから特定の入試方式で入学したはずだ、といった推測も加えないようにしています。
日本大学を選んだ理由はスポーツを学ぶため
青木選手がスポーツ科学部を選んだ理由も、大学公式の本人インタビューで確認できます。
本人は将来もスポーツに関わる仕事をしたいと考えており、スポーツについて幅広く学べる学部への進学を決めていました。
ここで私が気になったのは、高校3年生のときの骨折が進学先を決める理由になったのかという点です。
しかし、本人によると、スポーツ科学部へ進むことは骨折する前から決めていました。
入院中には、病室で大学の出願書類を書いていたことも明かしています。
つまり、けがをきっかけに急きょ進路を変更したわけではありません。
もともとスポーツについて学びたいという考えがあり、競技を休んでいた時期にも大学進学の準備を進めていたという流れです。
出来事の順番を確認すると、青木選手が大学で何を学びたかったのかも理解しやすくなります。
日本大学では何を学んだ?
青木選手は日本大学のスポーツ科学部で、スポーツ心理学やスポーツ医学などを学んでいました。
大学公式の本人インタビューには、授業で学んだ内容を実際の競技に取り入れた経験や、卒業研究についても紹介されています。
今回確認できた主な内容を先に整理します。
| 学び・活動 | 本人が語った内容 |
|---|---|
| スポーツ心理学 | 授業で学んだ深呼吸を試合で実践 |
| ルーティン | 自分に合う試合前の行動を検討 |
| スポーツ医学 | ゼミでアスリートの健康課題を学習 |
| 卒業研究 | 女性アスリートの三主徴をテーマに調査 |
| 研究方法 | 国内外のスケーターにアンケートを依頼 |
| 学生交流 | 陸上・水泳・ゴルフなどの学生と交流 |
スポーツ心理学を試合でも実践
青木選手は、以前からスポーツ心理学に関心があったそうです。
日本大学の授業では、深呼吸やルーティンによって気持ちを整える方法を学んでいました。
本人によると、授業で習った深呼吸を次の試合で試したところ、以前より気持ちが落ち着いたと感じたそうです。
また、試合前に行うルーティンについても学び、実際の大会を重ねながら自分に合う方法を探していました。
私がこの話を確認して印象に残ったのは、大学で学んだ内容が実際のスケートに結びついていたことです。
単に授業で知識を得るだけでなく、自分の競技で試しながら工夫していました。
ただし、深呼吸やルーティンを取り入れたことだけで大会の成績が向上したと断定することはできません。
ここでは本人が語った、大学での学びと競技のつながりとして紹介しています。
卒業研究は女性アスリートの三主徴
青木選手は、日本大学でスポーツ医学のゼミに所属していました。
卒業研究では、女性アスリートの三主徴に関する健康課題を扱っています。
女性アスリートの三主徴とは、エネルギー不足、月経機能の問題、骨の健康などが関係する課題です。
日本大学のインタビューによると、青木選手はフィギュアスケート選手の健康について考え、改善に役立つ情報を集めようとしていました。
研究では、全国にいるスケート仲間やナショナルトレーニングセンターに集まった選手にアンケートへの協力を依頼しています。
さらに、海外の選手の状況も知りたいと考え、アメリカにいるスケーターにもSNSで連絡したそうです。
ここでSNSが登場しますが、噂を調べるためではなく、卒業研究のデータを集めるために利用していたことが分かります。
また、本人は選手だけでなく、家族や指導者が適切な知識を持つことの重要性にも関心を向けていました。
私はこの部分を確認して、青木選手が自分の競技だけでなく、ほかの選手が健康に競技を続けるための課題にも関心を持っていたことが分かりました。
ただし、女性アスリートの三主徴を研究していたことは、青木選手自身にその健康問題があったという意味ではありません。
本人の健康状態を推測せず、大学が公表した研究内容として紹介しています。
学業とスケートの両立は苦ではなかった?
大学生活と競技活動の両立については、2025年12月24日に公開されたコーセーの本人インタビューでも語られています。
青木選手によると、スポーツ科学部で学ぶ内容は競技とも関係していたため、学業とスケートを両立することを大きな負担とは感じていなかったそうです。
日本大学の取材でも、授業を大きく欠席することなく参加できていたことや、対面授業が再開された際に大学へ通う楽しさを感じたことを話しています。
私はこの発言から、青木選手にとって大学で学ぶことは、競技と切り離された義務ではなかったのだと感じました。
もちろん、学業との両立を本人が楽しんでいたことと、競技で苦しい時期がなかったことは別です。
大学時代には思うような結果が出ず、練習環境を変更する決断も経験しています。
それでも、授業や友人との交流には競技とは違った価値を感じていたことが、本人の言葉から伝わってきます。
本人取材:KOSE SPORTS BEAUTY|青木祐奈選手インタビュー
大学時代の競技と学生生活
青木選手の大学時代には、練習環境の変更や学生大会での初優勝など、大きな出来事がありました。
また、大学のスケート部や、ほかの競技に取り組む学生との交流も経験しています。
2021年の全日本を経て2022年春に移籍
大学時代の競技歴で、今回特に確認しておきたかったのがMFアカデミーへの移籍時期です。
日本大学の公式インタビューでは、2021年の全日本選手権でフリーに進めなかったことが、練習環境を見直す大きな転機として紹介されています。
ただし、2021年に大会で悔しい結果を経験したことと、実際に移籍した時期は別です。
フィギュアスケート専門誌『ワールド・フィギュアスケート』の取材では、青木選手がMFアカデミーへ移ったのは2022年春と紹介されています。
また、学生スポーツ専門メディア「4years.」でも、2022-23シーズンからMFアカデミーに加わったことが説明されています。
そこで今回の記事では、次のように時系列を整理しました。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2021年12月 | 全日本選手権でフリー進出を逃す |
| 2022年初め | 練習環境の変更について検討・決断 |
| 2022年春 | MFアカデミーへ移籍 |
| 2022-23シーズン | 新しい練習環境で競技を続ける |
青木選手は6歳ごろから、都築章一郎コーチの指導を受けていました。
長くお世話になった指導者の下を離れることには、大きな迷いもあったそうです。
本人は家族や練習仲間に相談し、自分が成長するためには環境を変える必要があると考えて決断しました。
日本大学の取材では、都築コーチがその決断を尊重し、移籍後も良い関係が続いていたことが紹介されています。
私が今回迷ったのは、「2021年の決断」をそのまま「2021年の移籍」と書いてよいのかという点でした。
しかし、専門誌と当時の取材を確認すると、実際の移籍は2022年春です。
2021年は環境変更を考える転機、2022年春が実際の移籍時期と分けることで、大学時代の経歴を正確に整理できます。
なお、MFアカデミーへの移籍は、日本大学を退学したという意味ではありません。
大学に在籍しながら、スケートの練習環境を変更したという経緯です。
本人取材:日本大学|練習環境を変更した理由
移籍時期:ワールド・フィギュアスケート|2022年春のMFアカデミー移籍
当時の取材:4years.|青木祐奈が語る移籍後の成長
スケート部や他競技の学生とも交流
日本大学の公式インタビューでは、青木選手がスケート部の仲間との交流についても話しています。
普段は学外の練習拠点で活動することもあり、スケート部のメンバー全員と頻繁に会えるわけではなかったそうです。
それでも、部の練習やインカレを通じて、同じ大学で競技する仲間としての一体感を感じることができたと説明しています。
また、スポーツ科学部では陸上、水泳、ゴルフなど、ほかの競技に取り組む学生とも交流していました。
友人と互いに励まし合ったり、アイスショーを見に来てもらったりすることもあったそうです。
私はこの話を読んで、青木選手の大学生活が単にスケートと授業を往復するだけではなかったと感じました。
ほかの競技に取り組む学生と交流することで、自分とは違う経験や考え方に触れる機会もあったのです。
学校生活が競技からの気分転換になっていたという高校時代の発言とも、つながる部分だと思いました。
大学4年でインカレ個人初優勝
青木選手の大学時代を代表する実績が、2024年1月の全日本学生氷上競技選手権大会での初優勝です。
第96回大会は、2024年1月4日から7日まで、群馬県前橋市のALSOKぐんまアイスアリーナで開催されました。
青木選手は女子7・8級に出場し、大学4年生として最後のインカレで個人優勝を果たしています。
日本スケート連盟の大会公式結果を確認すると、SP1位、フリー2位、合計193.61点でした。
| 順位 | 選手 | 大学 | 合計得点 |
|---|---|---|---|
| 1位 | 青木祐奈 | 日本大学 | 193.61点 |
| 2位 | 住吉りをん | 明治大学 | 193.18点 |
| 3位 | 渡辺倫果 | 法政大学 | 191.21点 |
青木選手と2位の住吉りをん選手との差は0.43点でした。
この大会では、青木選手がSP1位、フリー2位で総合優勝しています。
ここで区別しておきたいのが、個人戦と団体戦の結果です。
学生スポーツ専門メディア「4years.」によると、日本大学の女子団体成績は2位でした。
つまり、青木選手は女子個人で1位、日本大学の女子団体成績は2位です。
私は最初、「インカレ優勝」という説明だけでは、個人戦と団体戦のどちらを指すのか判断できませんでした。
そこで日本スケート連盟の公式結果と、大会を取材した記事を照合しました。
その結果、青木選手にとって大学最後のインカレでの個人初優勝だったことが確認できました。
大会公式:日本スケート連盟|第96回全日本学生選手権・女子7・8級結果
大会取材:4years.|青木祐奈が大学最後のインカレで初優勝
インカレでは後輩にも声をかけていた
日本大学の公式インタビューでは、インカレでのスケート部の経験についても紹介されています。
青木選手は、団体戦の重圧を感じていた後輩に対して、自分らしく演技するよう声をかけたそうです。
本人にとって、大学のスケート部で競技することは、個人の成績だけを考える経験ではありませんでした。
同じ大学の仲間がいることで、チームとして大会に出場している感覚も得られたと説明しています。
フィギュアスケートは個人競技として注目されますが、学生大会には大学ごとの団体成績もあります。
青木選手がインカレで初優勝したことに加え、こうした学生大会ならではの経験をしていたことも、大学時代の特徴だと感じました。
大学卒業時は引退を考えていた?
青木選手は、2024年3月の日本大学卒業時に、現役を続けるかどうか考えていました。
この点は、日本大学の公式インタビューで確認できます。
ただし、大学を卒業したことと、競技から引退したことは別です。
3月18日は検討、25日に続行を表明
日本大学の公式取材が行われたのは、2024年3月18日でした。
卒業式まで約1週間という時期でしたが、青木選手はまだ進退について迷っていました。
競技を続けるか、それとも振付師など新しい活動へ進むか、簡単には決められなかったそうです。
一方、3月25日の卒業式では、現役続行の意向を明らかにしました。
日刊スポーツも当日の卒業式と本人の発言を報じています。
| 日付 | 確認できた状況 |
|---|---|
| 2024年3月18日 | 競技続行か引退かを検討中 |
| 2024年3月25日 | 日本大学卒業式で現役続行を表明 |
| 2024年4月11日 | 日本大学が本人インタビューを公開 |
私がここで確認したかったのは、インタビューの取材日と公開日です。
4月11日に公開された記事だけを見ると、卒業後もまだ迷っていたように読めるかもしれません。
しかし、実際に取材が行われたのは3月18日です。
3月25日には現役続行を表明しているため、取材時の迷いと、その後の決断を分けて理解する必要があります。
なお、青木選手は2025年と2026年にも、改めて競技を続けるかどうか考えています。
その経緯や現役続行を決めた理由については、青木祐奈の引退・現役続行記事で本人発言をもとに詳しく紹介しています。
卒業式当日の報道:日刊スポーツ|2024年3月25日の現役続行表明
青木祐奈の小中学校はどこ?
高校と大学は、学校公式の資料で確認できました。
一方、小学校と中学校の校名については、今回確認した本人・学校・競技団体の資料では特定できませんでした。
そのため、確実な情報と推測情報を分けて整理します。
出身小学校の校名は未確認
青木選手は5歳でフィギュアスケートを始めています。
また、日本大学の本人インタビューでは、6歳ごろから都築章一郎コーチの指導を受けていたことが紹介されています。
ただし、出身小学校の校名については、今回確認した公式資料に掲載されていませんでした。
神奈川県横浜市出身であることだけを根拠に、特定の小学校を出身校とすることはできません。
そのため、小学校は未確認としています。
中学校は富岡中学校?公式情報では未確認
青木選手の出身中学校について調べると、一部の学歴サイトに「横浜市立富岡中学校」という名前が掲載されています。
ただし、その情報を確定した学歴として扱うには注意が必要です。
今回確認した横浜清風高校、日本大学、日本スケート連盟の資料には、青木選手が同校を卒業したという記載を見つけられませんでした。
さらに私が気になったのは、情報元のサイト内でも表現が異なっていたことです。
本文では「富岡中学校と思われます」と推測している一方、同じページのFAQでは卒業校として断定していました。
また、そのサイトでは、利用者から寄せられた情報をもとに掲載していることも説明されています。
このため、校名が掲載されていることだけで、本人や学校が公表した事実と同じ扱いにはできないと判断しました。
横浜市立富岡中学校という情報は、今回確認した範囲では未確認です。
もちろん、これは同校出身ではないと証明できたという意味でもありません。
本人や学校、競技団体などによる裏付けが確認できるまでは、推測情報として扱います。
校名が不明でも幼少期の競技歴は分かる
小学校や中学校の名前は確認できなくても、その時期の競技活動は公式資料からたどれます。
横浜清風高校の卒業生紹介には、青木選手が5歳でスケートを始めたことが掲載されています。
また、2014年の全日本ノービス選手権優勝や、海外大会での成績も紹介されています。
日本大学の本人インタビューでは、6歳ごろから都築章一郎コーチの指導を受け、高難度の3回転ルッツ+3回転ループを武器に活躍していたことも確認できます。
私は今回、分からない学校名を無理に埋めるよりも、確認できる競技歴を詳しく伝える方が読者にとって役立つと考えました。
小中学校の校名は未確認ですが、青木選手が幼少期からフィギュアスケートに取り組んでいたことは、学校公式資料と本人インタビューで確認できます。
卒業後も母校が青木祐奈を応援
青木選手と出身校のつながりは、卒業後にも確認できます。
横浜清風高校と日本大学は、それぞれ公式サイトで青木選手の競技活動を紹介しています。
横浜清風高校が四大陸優勝を祝福
2026年1月13日、横浜清風高校は青木選手の四大陸選手権出場を公式サイトで紹介しました。
さらに1月26日には、初優勝を祝うニュースも公開しています。
その記事には、青木選手から寄せられた学校への感謝のコメントも掲載されています。
青木選手は応援への感謝を伝え、時間ができたら高校を訪れたいという思いも述べていました。
私がこのニュースを確認して印象に残ったのは、学校が卒業生の過去の経歴だけでなく、現在の活動も紹介していることです。
2020年の卒業という情報を、学校の卒業生紹介と2026年の優勝ニュースの両方から確認できました。
ただし、学校を訪れたいという発言と、実際に訪問したことは別です。
今回の資料から実際の訪問までは確認できないため、訪問したとは記載しません。
日本大学も卒業後の活動を紹介
日本大学も、卒業後の青木選手の活動を公式サイトで紹介しています。
2024年4月18日、日本大学はスケート部OGとなった青木選手が、第47回リリーカップカナガワに出場したことを報じました。
4月14日に行われた大会では、女子フリーで125.47点を記録して優勝しています。
これは大学卒業後、現役続行を表明してから出場した大会です。
ただし、この大会結果は学生時代のインカレとは別のものです。
今回の記事では、大学卒業後も母校が活動を紹介していた例として取り上げています。
日本大学公式:日本大学|スケート部OG・青木祐奈の卒業後の活動
Bananaの判断|学歴は学校公式、競技歴は大会記録と本人取材を優先
今回、最も迷ったのは、中学校名とMFアカデミーへの移籍年の扱いでした。
高校と大学は学校自身が公表しているため、出身校として確認できます。
一方、中学校は学歴サイトに校名が掲載されていても、本人や学校による裏付けを確認できませんでした。
また、MFアカデミーへの移籍については、2021年の全日本選手権での結果と、2022年春の実際の移籍を区別する必要がありました。
そのため、学校名は学校公式、競技結果は日本スケート連盟、練習環境や学業に関する経験は本人インタビューを優先しています。
一つの資料だけで判断せず、いつの出来事で、何を確認した情報なのかを見比べながら整理しました。
管理人Bananaの確認手順
今回は、青木祐奈選手の高校・大学と学生時代の経験について、次の7段階で確認しました。
-
横浜清風高校の公式資料で学歴を確認
2026年1月13日の卒業生紹介を確認し、2017年入学、2020年卒業、フィギュアスケート部への所属を照合しました。
-
高校時代の大会成績を確認
高校公式の経歴欄から、2018年インターハイ4位、2019年インターハイ5位、同年のババリアンオープン2位を確認しました。
-
日本大学で入学・卒業年と学部を確認
2020年4月にスポーツ科学部へ入学し、2024年3月に卒業したことを、大学公式の本人インタビューで確認しました。
-
大学での学びと卒業研究を確認
スポーツ心理学で学んだ深呼吸やルーティン、スポーツ医学ゼミで取り組んだ女性アスリートの三主徴について確認しました。コーセーの本人取材とも照合しています。
-
MFアカデミーへの移籍時期を確認
日本大学の取材で2021年の全日本選手権が転機になったことを確認し、ワールド・フィギュアスケートと4years.の取材で実際の移籍が2022年春だったことを照合しました。
-
2024年インカレの公式結果を確認
日本スケート連盟の大会結果で、女子7・8級の個人優勝と193.61点を確認しました。日本大学女子団体の2位とは区別しています。
-
小中学校と卒業後の情報を再確認
中学校名を掲載したサイトでは本文とFAQの表現に違いがあり、公式な裏付けも確認できませんでした。また、横浜清風高校と日本大学の卒業後のニュースを確認し、学歴と現在の競技活動を分けて整理しました。
今回、私が最も大切にしたのは、学校名を並べるだけの記事にしないことでした。
横浜清風高校の公式資料では入学・卒業年と大会成績を確認できましたが、本人インタビューを読むと、高校生活がスケートからの気分転換になっていたことも分かりました。
また、日本大学ではスポーツ科学を学びながら、練習環境の変更やインカレ初優勝を経験しています。
高校・大学での経験を時系列で整理すると、青木選手がどのような学生生活を送り、競技と向き合ってきたのか理解しやすくなりました。
一方、確認できなかった小中学校名については、無理に埋めず未確認としています。
分かることと分からないことを区別することも、人物の学歴を調べるうえで大切だと考えています。
青木祐奈の学歴についてよくある質問
青木祐奈の出身高校はどこですか?
横浜清風高等学校です。2017年に入学し、2020年に卒業したことを高校公式サイトで確認できます。
横浜清風高校では何部でしたか?
フィギュアスケート部に所属していました。高校公式の卒業生紹介に記載されています。
高校時代のスケート成績は?
横浜清風高校の公式資料によると、2018年インターハイ4位、2019年インターハイ5位です。また、2019年のババリアンオープンではシニアデビューして2位を記録しています。
青木祐奈の出身大学はどこですか?
日本大学です。2020年4月にスポーツ科学部へ入学し、2024年3月に卒業しています。
日本大学では何を学んでいましたか?
スポーツ心理学やスポーツ医学などを学んでいました。卒業研究では女性アスリートの三主徴に関する健康課題を調査しています。
青木祐奈は大学のスケート部に所属していましたか?
はい。日本大学スケート部に所属していました。大学公式の取材では、部の練習やインカレを通じて仲間との一体感を感じたことも語っています。
インカレでは優勝していますか?
はい。2024年1月の第96回全日本学生氷上競技選手権大会で女子7・8級の個人優勝を果たしました。合計193.61点で、日本スケート連盟の公式結果にも記録されています。
MFアカデミーへ移籍したのはいつですか?
2022年春です。2021年12月の全日本選手権が環境を見直す転機となりましたが、実際にMFアカデミーへ移ったのは2022年春と専門誌で確認できます。
青木祐奈の小学校はどこですか?
今回確認した学校・競技団体・本人インタビューでは、小学校の校名を特定できませんでした。未確認のため、推測での記載は避けています。
青木祐奈の中学校は富岡中学校ですか?
横浜市立富岡中学校という情報が一部の学歴サイトに掲載されています。ただし、その情報元には推測表現があり、本人や学校による裏付けも確認できませんでした。現時点では未確認として扱います。
大学卒業と同時に引退しましたか?
いいえ。2024年3月18日の取材時点では進退を検討していましたが、3月25日の卒業式では現役続行の意向を表明しています。大学卒業と競技引退は別の出来事です。
母校とのつながりは今もありますか?
2026年1月には横浜清風高校が四大陸選手権での優勝を祝う公式ニュースを公開し、本人のコメントも掲載しています。日本大学も卒業後の競技活動を公式サイトで紹介しています。
関連記事|青木祐奈の競技・進退・使用曲
今回確認した主な情報源
青木祐奈選手の学歴について、学校公式の発表、競技団体の大会記録、本人への直接取材を優先して照合しました。
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横浜清風高等学校|卒業生・青木祐奈選手の経歴
2017年の高校入学、2020年の卒業、フィギュアスケート部への所属、インターハイの成績を確認。
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日本大学SPORTS|めざすのは感動を届ける演技
2020年4月の入学、2024年3月のスポーツ科学部卒業、骨折、練習環境の変更、大学での学びと卒業研究を確認。
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ワールド・フィギュアスケート|青木祐奈・集大成のシーズンへ
MFアカデミーへ2022年春に移籍したことを確認。
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4years.|日本大学・青木祐奈が語る移籍後の成長
2021年全日本選手権後の進退、2022-23シーズンからのMFアカデミーでの活動を確認。
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日本スケート連盟|第96回全日本学生選手権・女子7・8級最終結果
2024年1月の個人優勝、所属大学、193.61点、上位選手の順位を確認。
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4years.|青木祐奈が大学最後のインカレで初優勝
個人優勝、日本大学の女子団体2位、学生最後の大会での本人の経験を確認。
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スポーツナビ|青木祐奈が振り返る高校生活
高校生活がスケートからの気分転換になっていたことなど、本人の学生時代に関する発言を確認。
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KOSE SPORTS BEAUTY|青木祐奈選手インタビュー
日本大学での学業と競技の両立について、本人がどのように感じていたかを確認。
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日刊スポーツ|2024年3月25日の日本大学卒業式
卒業式への出席、現役続行の意向、将来の進路に関する発言を確認。
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横浜清風高等学校|青木祐奈が四大陸選手権で優勝
2026年1月の母校からの公式発表と、優勝後に寄せられた本人のコメントを確認。
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日本大学|卒業生・青木祐奈の競技活動
2024年4月のリリーカップカナガワ出場と、卒業後も日本大学が活動を紹介していたことを確認。
まとめ|青木祐奈は横浜清風高校・日本大学出身
青木祐奈選手の出身高校は横浜清風高等学校、出身大学は日本大学スポーツ科学部です。
2017年に横浜清風高校へ入学し、2020年に卒業しました。
高校時代にはインターハイで4位・5位の成績を残す一方、3年生の夏には左足首を骨折し、2019-20シーズンを休む経験もしています。
2020年4月には日本大学スポーツ科学部へ進学し、スポーツ心理学やスポーツ医学を学びながら競技を続けました。
大学時代には2021年の全日本選手権が転機となり、2022年春にMFアカデミーへ移籍しています。
2024年1月には大学最後のインカレで女子個人初優勝を果たし、合計193.61点を記録しました。
私が今回の調査で特に印象に残ったのは、学校での経験が青木選手にとって競技とは別の価値も持っていたことです。
高校ではスケートから気持ちを切り替える時間があり、大学では授業で学んだ知識を試合で実践し、ほかの競技に取り組む学生との交流も経験しています。
また、卒業研究では女性アスリートの健康課題を調査し、自分だけでなくほかの選手の競技環境にも目を向けていました。
一方、小学校と中学校については、今回確認した公式資料で校名を特定できませんでした。
中学校名を掲載したサイトもありますが、情報元の表現に推測が含まれているため、確定した学歴としては扱っていません。
卒業後も青木選手は競技を続け、2026年には四大陸選手権で初優勝しました。母校の横浜清風高校も、その活躍を公式サイトで紹介しています。
青木選手の年齢・所属・主な実績は人物プロフィール、現役続行を選んだ理由は引退・現役続行の記事、2026-27シーズンの使用曲はプログラム記事で詳しく確認できます。
今後、新しい学歴情報や母校からの発表があった場合も、元資料を確認しながら更新していきます。






